3月15日は靴の記念日なんですって。
どうして靴の記念日なんでしょうか?
語呂合わせであれば、「く(9)つ(2)」で、
9月2日なはずですよね。
この9月2日を靴の日としたのは
銀座の婦人靴専門店「ダイアナ」。
1992年に制定されました。
でも、3月15日が靴の記念日とされたのは1932年。
制定したのは日本靴連盟です。
ずっと昔の話なんですね。
なぜ、3月15日が靴の記念日なのでしょう?
調べてみました!
靴の記念日の由来は?
3月15日が靴の記念日となったのは、
1870年の3月15日に日本で初めての西洋式の靴の工場ができたから。
創設したのは千葉県の佐倉藩出身の西村勝三という人物。
工場の場所は現在の築地の入船町です。
そもそも靴の工場の創設を西村勝三に勧めたのは大村益次郎で、
当初は軍靴を製造していたんですね。
大村益次郎といえば、日本陸軍の父と呼ばれる人物ですね。
日本人の足は小さいですから、西洋から輸入した軍靴だと大きすぎ、
国内での生産が急務だったので、
当時、貿易商を営んでいた西村勝三に話を持って行ったということです。
この西村勝三の靴の工場は「伊勢勝製靴場」と呼ばれいましたが、
後に合併を重ね、「日本製靴株式会社」となりました。
この「日本製靴株式会社」が
現在の株式会社リーガルコーポレーションの前身とされています。
西村勝三は靴や皮革製品の製造以外にも
ガス・ガラス・靴下・洋服など多くの事業を手掛けています。
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なぜ、日本初の靴の工場は築地にできた?
ところで、なぜ日本で最初の靴の工場は築地にできたのでしょうか?
私たちの感覚だと築地というと魚ですよね。
実は築地は日本の文明開化の拠点だったんです。
築地居留地という外国人の居留地があり、
明治時代のこの辺りはまさに外国人の街だったんです。
貿易関係の会社の多くは横浜にありましたが、
最初のアメリカ合衆国公使館も赤坂移転までは築地居留地にあるなど、
多くの外国公館が置かれました。
その影響で、教会なども多く建設され、
多くのミッションスクールもこの辺りで創設されました。
青山学院や女子学院、立教学院、明治学院、女子聖学院、雙葉学園の発祥地が
築地近辺なのはそういう事情があるんですね。
ちなみに築地に市場がやってくるのは
関東大震災の後の話です。
関東大震災で東京は大打撃を受け、築地も焼け野原となりました。
その復興計画の一環で、それまで日本橋にあった魚河岸が
築地の海軍用地に移されたのです。
まとめ
それではまとめましょう!
3月15日の靴の記念日とは日本で最初の靴の工場が築地に作られた日です。
リーガルというと確かに有名な靴ですが、
とても歴史のある企業なんですね。
びっくりしました!